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義弟からの静岡土産 [雑感]
義弟と義妹が静岡へ行った帰りに、ヨメさんの退院後の顔を見に立ち寄ってくれた。
そしてお土産の静岡ビール
と、釜揚げしらすを頂いた。ワクワク
夕方玉川髙島屋にたまたま行った帰りの鮮魚売場で桜エビ半額390円!で購入^ ^
二色丼?とヨメさんのお味噌汁♪ 嬉しい一日の始まり。
最高の朝食やなぁ。義弟と義妹、いつもありがとう
金継ぎ [雑感]
春はやっぱり若竹煮 [料理]
岩魚と鰯 [料理]
ヨメさんの退院祝い [酒場]
近所のRUD Curryさん。フレンチ出身のシェフがやってるカレー店。夜のコースを予約すると貸し切りになります
サラダはサーモンとホワイトアスパラに温玉のせ
そら豆のポタージュとライ麦パン
天使の海老に魚介ソースみたいなんをかけて
メインは和牛の低温ロースト、めちゃ美味い
締めに仔羊のカレー、ターメリックライスと。
抜群です。
デザートはガトーショコラとコーヒー
これでコース5000円!安すぎる(^◇^;)
これでやっていけるんやな。オーナーの姿勢が垣間見れた。客に喜んでもらってリピーターになってもらい次にまたファンが増えてくる。
好循環スタイルやな。
お土産にチーズケーキまでもらって、これもめちゃくちゃ美味かった。リピ確定
いいお店です!
砧公園の桜とチューリップの響宴
自家製スナップエンドウ [料理]
菜花芥子和え [料理]
スナップエンドウ [雑感]
色々といろいろと人生 [雑感]
いやーここ2ヶ月色々ありました。
僕が12月25日にコロナになり大阪に帰省出来ずヨメさんと初めて東京で年始を迎えました。いつもはヨメさんの実家の茨城潮来か大阪で正月を迎えるんですが東京で正月を迎えるのは初めてでした。
その年末に実姉が倒れたと実母から連絡があり、夜中救急車で心肺停止となり心不全で脳死になってしまったのです。数日前から調子が良くないと言ってたらしいですが、人間って簡単に死んでしまうもんなんだ(未だ脳死なのですが)と痛切に感じました。
年始明けの連休に実家に帰省して姉の見舞い?に行くと普通に寝ているようで具合が悪いように見えないのがまた不思議でした。いつまでもつかは分かりません。
そういう中で、いつも元気なヨメさんが昨年11月中頃から微熱が続いたりして町医者に行ってもコロナ、インフルでないからとカロナールを処方されて熱下げて仕事に行っててまた熱が出るので病院変えようと他の医者に行くが同じ対応で、
用賀の町医者三つ掛かりましたがほぼ同じ。その後2月初めに高熱が出てカロナールの強いのを飲んで仕事に行ってましたが、さすがに僕も救急病院に診てもらおうと言って連れていこうとしましたが「歩ける人は救急車を呼んではダメなんよ」と言って、いつもながらに気丈な振る舞いをされてました。でも2月連休前に夜中40度以上の熱が出て翌朝救急病院へタクシーで行って、最初の救急病院(最終的には手術となった関東中央病院)では連休中で「検査出来ません、今日は解熱剤しか処方出来ません」と寒い中待たされたあげくに外の玄関先の電話口で言われ(何が救急病院や!)と腹が立ち、でもヨメさんが「怒らないで」「仕方ないから帰りましょう」と言うんで帰ってその日も41度の高熱でうなされて、翌朝またタクシーで玉川病院という親切な所で連休中でも、医師が検査しましょうと診てくれるようになって即入院となり、翌日心内膜炎と心不全を併発しることを発見してくれ、とても危険な状態が判明。緊急に心臓手術できる、腹が立つ関東中央病院へ転送されて医師から五分五分と言われ呆気に取られ後悔してもしきれずに神と仏に任せるほかないと翌朝の手術に向かいました。前日朝に入院できてたらここまで酷くなってなかったんと違うか、と思ったが医師もそう言ってました。
僕より本人がしんどくて辛くて大変やったと思います。2月14日の手術は先生、看護師の方々10人あまりの方々が7時間頑張ってくださり命が繋がりました。医師と看護師の方々には本当にありがとうございます。感謝しかありません。
自分としてはなんでもっと早くに大きな病院へ無理にでも連れて行かなかったんや!と今もとても後悔しています。
そしてヨメさんが居なくなると思うと、もう自分はダメなんやなとほんとすごく感じました。それだけ偉大で大事な大切な存在だったと。江藤淳さんや城山三郎さんの本を読んで僕の中で消化してたつもりでしたが、やはり自分の事となると実際違いました。
駄文で申し訳ありません。
上の写真は年末にヨメさんが活けてくれた正月花です。
お付き合い頂きありがとうございました。
お医者さん、看護師の方々、親類縁者、友人の方々、皆さんに感謝しています。
本当にありがとうございました。
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